出版社で編集の仕事を長年続けてきた私。40代に入り、ふと「このまま定年まで一つの仕事だけでいいのだろうか」という思いが頭をよぎるようになりました。
そんな時、父の認知症介護を通じて介護の世界に触れる機会があり、「自分もやってみようか」と感じたのです。介護職員初任者研修の受講を経て、副業としての介護という選択肢が見えてきました。
この記事では、本業を持ちながらでも始められる「副業介護」の可能性と、そこから広がる新しい人生の選択肢について、私自身の経験をもとにお伝えします。
「このままでいいのかな?」会社員キャリア後半の違和感

キャリアの節目を迎えた40代。役職も上がり周りからは「安定している」と言われる働き方なのに、どこか心に引っかかるものがありました。本業は好きだけど、このまま一本道でいいのだろうか。そんな漠然とした不安や違和感が、新たな一歩を踏み出すきっかけになったのです。
キャリアの折り返し地点で立ち止まって考えた
40代半ばを過ぎたころから「このまま定年まで走り続けられるだろうか」という不安がよぎるようになりました。業界の先行きや自分の体力の衰えを考えると、今のうちから別の選択肢も持っておきたい。そんな思いが少しずつ大きくなっていきました。
同世代の友人たちと話しても、似たような気持ちを抱えている人は少なくありません。「50代、60代になったとき、今の働き方を続けられるのか」「もし会社が厳しくなったとき、自分には何ができるのか」。こうした将来への不安は、キャリア後半戦に差し掛かった多くの人が直面する課題なのかもしれません。
単一収入源への不安と副業の可能性
「働き方改革」という言葉が広まり、副業を認める企業も増えてきました。それまで「副業」というと、何か特別なスキルや才能が必要なものだと思っていましたが、実は身近なところに可能性があるのではないかと考えるようになりました。
特に近年は収入源が一つだけだと心もとないという意識が高まっています。本業の給料だけでなく、「もう一つの収入の柱」を持っておきたい。そんな思いから副業に目を向ける人が増えているのです。
「50代で副業の比重を増やし、60代以降は副業をメインに据えて本業をペースダウンする」。こんな将来設計も「あり」なのではないか。そう考えると、今から少しずつ副業のスキルを磨いておくことは、将来への保険になると感じました。
「誰かの役に立ちたい」という気持ち
正直なところ、新しい仕事を探すなら「楽して稼げる副業」も魅力的でした。でも、キャリアを重ねるにつれて「誰かの役に立つ仕事がしたい」という思いが強くなっていきました。
本業の仕事も、間接的には役に立っていると思います。でも、もっと直接的に誰かの助けになれる仕事があれば…そんな思いが募っていました。
「数字を追うだけの仕事ではなく、人と向き合える仕事」「感謝される喜びを感じられる仕事」。そんな理想を抱きながら、様々な副業の可能性を探り始めたのです。
我が家の介護経験が変えたものの見方

副業を模索している時期に、私の人生に大きな変化が訪れました。父が認知症と診断されたのです。それまで「介護」という言葉は知っていても、自分の人生とは縁遠いものだと思っていました。しかし、突然の出来事によって、介護は身近な現実となったのです。
父の認知症診断から始まった日々
「最近、お父さんの様子がおかしい」。母からの電話で事態を知りました。病院で診断を受けると、初期の認知症とのこと。仕事で親元を離れていた私は、週末に実家へ通うようになりました。
最初は戸惑いと不安でいっぱいでした。どう接すればいいのか、どんな声かけをすればいいのか。認知症の親と向き合うことは、想像以上に難しいものでした。
「昔はこんな人じゃなかったのに」と思うこともありました。でも、徐々に「今の父と、どう向き合っていくか」を考えるようになりました。この変化は、後に私の人生観や仕事への向き合い方にも影響を与えることになります。
プロの介護士さんから学んだこと
認知症の進行に伴い、家族だけでの介護には限界を感じるようになりました。そこで、デイサービスの利用を始めたのです。このとき、初めてプロの介護士さんと関わる機会が増えました。
デイサービスの送迎時や連絡ノートを通じて、介護のプロフェッショナルの仕事ぶりに触れる中で、新たな発見がありました。それは「介護とは単なる身体介助ではなく、尊厳を守りながら生活を支える仕事なのだ」ということです。
認知症の父に対して、一人の人間として尊重し、できることを大切にしながら支援する姿勢。そこには「専門性」という言葉では言い表せない深さがありました。「これは誰にでもできる仕事ではない」と感じると同時に、「でも、学べば自分にもできるかもしれない」という思いが芽生えたのです。
「他人事」から「自分事」へ変わった介護との距離感
家族の介護を経験する前は、「介護」という言葉から「大変そう」「きつそう」といったネガティブなイメージばかりが浮かんでいました。でも、実際に父の介護に関わり、プロの介護士さんと接する中で、その認識は大きく変わりました。
経済産業省がまとめた「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」 によると、2020年時点で262万人であった働きながら家族の介護を担う従業員(ビジネスケアラー)は2030年には318万人まで増加すると予想されています。もはや介護は特別な状況ではなく、多くの家庭が直面する現実なのです。
そして何より、「介護」が必要なのは他人ではなく、大切な家族。その事実に向き合ったとき、「他人事」だった介護が「自分事」に変わりました。もし自分が介護のスキルや知識を持っていたら、もっと父や家族を支えられるのではないか。そんな思いが、次第に「介護を学びたい」という具体的な行動へとつながっていったのです。
まずは介護の入門資格から開始

介護の仕事に興味を持ったものの、まったくの未経験。どこから始めればいいのか分からない状態でした。調べてみると、介護の仕事を始めるには「介護職員初任者研修」という入門資格があることが分かりました。これが私の副業介護への第一歩となりました。
初任者研修って何を学ぶの?
「介護職員初任者研修」は、以前のホームヘルパー2級にあたる資格です。約130時間のカリキュラムで、介護の基礎から実践的な技術まで幅広く学びます。
具体的には、介護の理念や心構え、高齢者や障害者の心身の特徴、認知症ケアの基本、そして実際のケアの方法まで。おむつ交換や入浴介助、食事介助といった具体的な技術も実習を通して身につけます。
驚いたのは、研修の中身の濃さです。単なる身体介助だけでなく、コミュニケーション技術や医学的な知識、介護保険制度の仕組みなど、実に多岐にわたる内容を学びます。これは介護の仕事に限らず、家族の介護にも役立つ知識ばかりでした。
「資格を取れば即戦力になれる」という甘い考えは持っていませんでしたが、この研修は介護の世界への入口として最適だと感じました。
働きながらでも通える!週末スクールへ
本業の仕事を続けながらでも資格取得できるかどうか、最初は不安でした。しかし、多くの研修スクールでは週1回ペースのコースを設けており、土日だけの通学でも2〜3ヶ月で修了できることが分かりました。
私は日曜日コースを選び、毎週日曜日に通学することにしました。午前中は講義、午後は実技という流れが基本。朝9時から夕方5時までのみっちりとしたカリキュラムでしたが、一日中介護について学ぶという環境はとても刺激的でした。
学校に通うのは20年以上ぶり。最初は緊張しましたが、「これも副業を始める予行演習だ」と思って取り組みました。平日は仕事で疲れていることもありましたが、日曜の朝、研修に向かう足取りは不思議と軽かったのを覚えています。
2ヶ月半の研修期間は、あっという間に過ぎました。最終日に筆記試験と実技試験があり無事合格。初任者研修の修了証を手にしたときは、新しい一歩を踏み出せた実感がありました。
色々な志を持つ仲間との出会い
研修で最も印象に残ったのは、様々な背景を持つ受講生との出会いです。会社員、主婦、学生、定年退職したシニアの方まで、年齢も職業も多様な人たちが「介護を学びたい」という一点で集まっていました。
同じクラスには、私と同じように家族の介護をきっかけに受講を決めた人もいれば、定年後のセカンドキャリアとして介護職を目指す50代の会社員、子育てが一段落して社会復帰を考える主婦の方、将来の就職に有利だからと参加している大学生まで。動機は人それぞれでした。
グループワークで互いの志を語り合ったり、実技の練習で助け合ったりする中で、「介護」という枠を超えた人間関係が生まれました。今でも時々連絡を取り合い、情報交換をしている仲間もいます。
「介護職は特別な人がするもの」という先入観が、この研修で完全に覆されました。様々な経験や価値観を持つ人たちが、それぞれの理由で介護の道を選んでいる。そのことが、私自身の可能性も広げてくれたように思います。
新しい一歩を踏み出す勇気
介護職員初任者研修を修了し、いよいよ副業としての介護の第一歩を踏み出す準備が整いました。調べてみると、予想以上に多様な働き方があることがわかります。「週1日だけの勤務OK」「1日3時間からOK」という柔軟な条件の訪問介護事業所や、「土日だけのデイサービススタッフ募集」といった募集も数多くあります。本業を続けながらでも、無理なく始められる環境が整っているのです。
副業介護の魅力は収入面だけではありません。「ありがとう」と直接言ってもらえる喜び、社会とつながる実感、そして介護のスキルという一生の財産を得られること。これらは数字では測れない価値があります。また、将来の選択肢としても、今から少しずつ経験を積んでおくことで、いざというときにシフトチェンジができる安心感が生まれます。
「何か新しいことを始めるのは怖い」という気持ちはあります。でも、父の介護を通じて学んだように、人生は予想外の出来事の連続。その時々で最善の選択をしていくことが大切なのだと思います。副業介護を通じて、自分自身の成長と誰かの支えになれる喜びを実感しながら、新たな一歩を踏み出してみませんか?